寒くなってきた

お手紙

とくに中身ないけど放流しときたい回です。アイキャッチは河内長野の花の文化園のかぼちゃ。

寒くなってきたので日照時間の減少及びやはりそれに伴いメンタル落ちそうなので、栄養価が高くてカロリーそこそこの温かいものを作っては食べ、早く寝て、機嫌が落ちる起因潰しに余念がないこの頃です。ずっとそうしてるやんけ。

でも寒くなってくると楽しみもあって、ホリデーシーズンのオーナメントやスパイシーな香りのフレグランス、紅茶、お菓子など…そっちに目を向けながら部屋を片付けて、なるべく楽しく過ごす、に全振りしています。

リントンズのスコーン皿とビスケット皿。かわいい。

そろそろお正月のことを考える時期だと思うのですが、そもそもおせち料理がそんなに好きじゃないので、おせちの代わりに家でアフタヌーンティー的なことをしようかなと考えています。
好きなスコーン屋さんのスコーンを買って冷凍しておいて、ツマガリのパイを大晦日に買って、セイボリーは自分が思う一番おいしいサンドイッチで良いのではないか。
やりたいこと以外できないなら無理におせち料理たべなくてもいいし、お重箱は永遠に買えないのにかわいいお皿は買うし、食べたくなったらローソンストア100でおせちを買って食べたらいいし。
私は自由な生き物なんだった。

食べたいものを自分で選ぶとか、自分でスケジュールを組むとか、仕事に振って認められたい、じゃなくて自分で自分を心地よくするだとか、そうしたことをずっとぐるぐる回せる生活って自由なんですよ。
実家から逃げてもう5年になるけどやっと感覚がつかめてきたこと。自分で何も選べない、なんでも人のせいにする状態から抜けて初めて分かること。遅すぎるということはない、今しか気づけなかったのだから。何がしたいか分かると、予定詰めすぎないとか食べ過ぎないとか買いすぎないとかにも繋がってくるのと、少し俯瞰の余裕が出てくる。でもまだまだ。

いうて同じ演目を何度も観るし別に慎ましくはないな、身の丈と慎ましさと自分の機嫌とお育ちの話って永遠になされてるけど、すべて揃った人間なんていないのに、とか思う。自分の背負う地獄すなわち生育環境などなどの話は別にしてもしなくてもいいけど、やっぱ短文じゃなくてできるだけまとまった文章で自分の話したいよな、と思うのはその辺。お育ちジャッジの風潮への反旗として書き続けてるところがある。そもそも観劇の感想文に自分のバックグラウンドをにじませすぎではないか、もっとあっさり書けないものか、も思う。

実家の父親が海外旅行わりとしてるブログあげてるけどそこに母親の影が最近なくて、離婚でもしたのかなと少し思った。でも多分違うな、実家に私がいた時から夫婦で行動することはあんまりうまくやれてなかったし、母親は父親を財布でありアッシー(死語)であると私によくいっていたけど、その割にアッシーの機嫌を取るようにも私に言っていたし、まあつまり自分の言葉で上手くやれていないということ。母親の生育環境もあまりよくなかっただろうけど、俯瞰で見ると本当に大したことないことで地獄が生成されてて嫌だったな。この辺、どうでもよかったな、で片付けておかないといけない。
母親が腰を悪くして伏せっている一方で父親は海外旅行、35年かそこらの過程がそれって少し寂しい気もするけどでも互いのやっていきの実績なので、なぁ。で、夫婦ってなんだ、法的に結婚とはなんだ、となってもくる。共に暮らす中で助け合ったりリスペクトがないなら、なんなんだろうね。

正月って帰省の話とか久々に親と会ってうまくやれなかった話あるいは親のありがたみを実感した話などが流れてくるのでやっぱりSNSは自衛一択なんですが、だからって親とうまくやれたり嫌々でも帰省してる人たちと対立することもないし、自分は違う、というだけだな。うまいタイミングでSNS浮上して情報交換であったり、互いに楽しくやっている様子が見えたりするといいのかな。

私は自分の言葉でやっていきたいし、うまくやるための試行錯誤を厭わないし、自分を尊重できる、というアファメーションを流しながら冬を迎える支度をする。大丈夫、きっとうまくやれる。

最近はリュウジのこのへんを参考にして味噌豆乳鍋やるのが楽しい。締めの麺のかわりに最初からこんにゃく麺投入して一緒に煮込むと味が染みてうまいです。

マシュマロ置いておきます、なにかありましたら。

お手紙
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