リカバリーカルチャーとその次、なりたい自分になれたとき 2025.5-6 キンキーブーツ@オリックス劇場 感想文

お手紙

キンキーブーツ2025の感想文です。アイキャッチは撮影可能回のもの。観たのは2025/5/27マチソワ(マチネ有澤樟太郎・松下優也・清水くるみ、ソワレ東啓介・甲斐翔真・田村芽実)、6/1(東啓介・甲斐翔真・田村芽実)、6/2ソワレ(有澤樟太郎・松下優也・田村芽実)、6/4ソワレ(東啓介・松下優也・清水くるみ)、6/7ソワレ(東啓介・甲斐翔真・田村芽実)なんか~2枚のチケットが6枚に増えました。プリンシパルと子役全部、エンジェルスのスウィングは本田大河くんは全枠観れたかな…長澤仙明さんの大音さん枠観れてないかもというかんじです。正直に回数が言えてえらいね。書くのが今更になったのはなんとなくです、強いて言うならタイミングをずらすことによる検索よけかな。

2016年初演から2019年、2021年と欠かさず観て、2025年にこれまでと大きくプリンシパルキャストが変わり、どうなるんだ…まあとんちゃんいるし…という気持ちと、SNSで他の方の感想を見ないので(そもそもだいたいログアウトしている)何も気にせずにmy初日観れて、そしてチケットが増え…すっかり忘れていたオリックス劇場の椅子の硬さと狭さ、そんなこと吹っ飛ばすくらい惹きつけられる作品だということ、初演で衝撃を受けたことローラは私の女神だということ、そしてそれについての答え合わせ。観劇でこれまでの人生の答え合わせするなって話だけど、一人くらいそういうやつがいてもいいじゃないですか。見つけた答えを基にまた進むことが出来ますから。

で、それでさmy初日マチネ観た後頭より先に身体が反応して涙と共に走り出したい気持ちになって、オリックス劇場から四ツ橋駅まで駆けだしそうになったこと、考えるより先に言葉を出すより先に自分の気持ちを何か身体で表現したくなった。だからブログ書くの遅くなった、もある。言語化なんて大したことないと思っちゃうのこのへんで、言葉にするとき、言葉にされなかったものもあるじゃないですか。駆けだしそうな衝撃なんてまさにそれで、書いたら落ちちゃうのかな、なんて思ってるよ。検索にかかるものかからないものとか、なんでもSNSでAIで分かった気になる時代に、どちらにもいない言葉にだって値打ちはある。表現することを大事にしたい。

…いうてますけども本題に入りますね。
この作品て男性が主人公で、男性同士のこれまでの開示とケアがありこれからがあり、メンズリブ要素が強い、けどローラがドラァグであることでショーアップされる面もあり、そこが説教臭くならず、地味にならず、エネルギーが強くていいなと思っています。自分のこれまでの経験的にこういう作品のほうがアガって、自分の力になって、ドーパミンで洗い流せるものがあるのはいいのか悪いのか、なんですけども。シスターフッドで励まされたい人生だったぜ。

ドラァグとして生きることを選んだローラは自然とそうなった、とかそうせざるを得なかった、も思っていて、それ故に背負うものとか抱えるものがあるなあを感じました。松下優也ローラ、甲斐翔真ローラそれぞれアプローチが違って、松下優也ローラのギャンギャンの明るさに救われたなあ。甲斐翔真は真面目でちょい陰がある感じがした!
ローラがズボンはいて工場に来てトイレに逃げ込んだ後、Not My Father’s Sonはそれぞれの身の上を語ることでのケアがあってとてもいいんだよな…自分の話をするのも聞いてもらうのも勇気が要ることで、もしかしたら受け容れてもらえないかもしれないことで、話せたのがいいな、と思っている。
一幕はノーサンプトンのチャーリーからクラークトンのサイモンへ、二幕はクラークトンのサイモンからノーサンプトンのチャーリーへ、受け取ったものと返すものがそれぞれにあり、一幕と二幕のエネルギーの動きが対になっててほんといいですよね…
父親との関係、自分が勝手に背負っていたもの、背負わざるを得なかったもの、それぞれに背景があり思い込みがありどこか許されたり認められたりしたくて。チャーリーは自分だけが工場を守りたくて父親は工場を売るつもりだったことを知ってそれでもブーツを作る、でも上手くやれなくて挫折するもローラに励まされる。ローラは父親の話をすることができたしドンに教えることもできた、そして老人ホームの慰問でその場の人たちと…父親のために歌うことが出来た。上手く言えないけどよかった、も思うし、それぞれ出会わなければわからなかったこととも思う。話せてよかったし出会えてよかったし…

メンズリブでいうとドンのことだな、嫌な奴だけど憎めないという役作りをしてくれた大山真志さん本当にいい役者です。そして、どの組織にもいるそういうやつを悪者としてではなく描くのが大事。現実、いい人しかいないとか都合のいい人しかいない、はなくて、いろんな人がいて。いろんな人の中にドンみたいなのもいるし、ドンも誰かのために動けるし。
ボクシングの挑戦を受けた後、ローラと話す場面とそれ以降のドンめちゃくちゃよかったもん…芝居が良い、もあるし、ローラに対して挑戦的でローラのことをよく思っていないような一見いけすかない奴を叩きのめすのではなくヒントを与えて行動変容を促すのは誰にでもできることではないね。この辺り対立構造を作ってなくてよかった。勝ち負けじゃなくて折り合いをつけるための行動変容は視点をずらさないといけないな。対立は簡単、ヒントは難しい、ローラの視点は常に先を見ている。尤もそれが出来るのはこれまでの傷つきとかの経験があってのことと思っていて、簡単なことではないね。ドンを信じたからドンはローラを信じた、そしてミラノがあった。十分じゃないですか。チャーリーとローラの間、ローラとドンの間、ドンとチャーリーの間にある互いを信じて認めることが伝わる芝居をたくさん浴びることが出来て幸せだよ。

芝居が良くて毎度新鮮に観ていたよ~

ありさーチャーリーは話聞いてなさそうでニコラとすれ違った、とんチャーリーニコラの話聞いてたけどすれ違った感じ。ありさーととんで「今日なんかおしゃれしてるね」の言い方違ったの良いね…当方とんちゃんの陰のある芝居が大好きでそれ目当てで観てるし、男の情けないところとか弱いところの演じ方が大変好みなんだよなあ…そこまで見せてくれるんですか?いや、そうだと思ってましたけど…みたいな。弱さ暗さの解像度がいい。一貫してこの話をしていると思うし今後もします。対してありさーチャーリーのほうがカラッとしてる。めいめいのほうがエキセントリックなローレンに見えたしくるみちゃんのちょっとお姉さんな役作りも良い、めいめいは大楽でりんご落としてそれでもかじってたから根性がある…?
アンサンブルだと伊藤かの子さんの美しい歌声と笑顔がよかったな~大好き熊澤沙穂さんのダンスもいっぱい観れて嬉しかった。飯野めぐみさん、多岐川装子さん、船山智香子さんの年長組が芝居締めてるのもよかった。EVERYBODY SAY YEAHのトレッドミルのスイッチ入れるタイミングとか細かい小道具の受け渡しとかとにかく段取りが多くて大変なとこも多いと思うけど全部ピタッとはまってて気持ちよかったなぁ。

前楽入ってたんだけど、めいめいのご挨拶にあった、作品から受け取った他人を信じる心のことや、休演を悔やむ甲斐翔真くんと温かく迎え入れるカンパニーと客席、キンキーの曲を数年前からライブで歌ってて今回出演が叶ったとんちゃんなどなど、良かったなぁと思っている。

エンジェルスがかわいい

なんか~みんなかわいくてめろついてたら公演終わっててよかった~みたいなことあるじゃないですか?それです。主に本田大河さんのクリケット嬢枠とゆっけ+こーよー枠でヒールバク宙すげーとか言うてたら終わっていた…ドラァグだとみんなかわいくアピール力強くなるのなにごと?
轟晃洋さんはキンキーブーツ終わってからドラァグ的な発信のためのInstagramアカウント作っててなんか大変だった…ぜんぶかわいい…
リアタイで記録してたメモ、本田大河さんクリケット嬢のにゃーんのおてて(Land of Lolaかな)、最後はけてくときローラに投げキッスしてた、轟晃洋さんのピンヒールバク宙すごいしお顔がかわいいしIn this cornerで足上げてリング作ってるのもかわいい、大河くんグローブ持ってくる係(前下がりボブ)、シュート・チェンさんの声がかわいい~(グラスホッパーのとこ)
佐久間雄生さんシュート・チェンさんお休みでそこに本田大河さん長澤仙明さん入ってて、長澤さんのヴィヴィちゃんがアムラー世代ギャルに見えて大変良かったよね…In This Cornerでラウンドガール大河さんとかLand of Lolaでスウィングじゃない位置にいる大河さんとか大変良かった、メモ全部こんな感じでおしまい。そのほか、ゆっけこーよーお休みだとIn This Cornerで長澤さんがこーよーポジ。

キンキーブーツでキーとなるのは「12ステップと6ステップ」だけど、これは日本ではまだまだ馴染みのない自助会の回復プログラムのことで、日本だとアルコールやギャンブル、薬物etcの依存症の自助会なんて存在そのものが否定されそうだな、と思っていて。でもJUST BEの歌詞にある「お祝いよ 立とうとしてもがくあなた この手をどうぞ」は変わることへの祝福で、それってセルフヘルプグループのそれじゃん…って思うよ。この辺りな~日本での啓発が足りてないからなんともだけど、2016年初演時点ではもっと足りてなくて、足りてないところを補ってんだからやはりこの作品はすごいなあということになる。

この辺り、依存症と自助会については、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんが2020年11月に以下の記事を現代ビジネスにて書かれているため是非一読いただきたい。田中紀子さんは自身もギャンブル依存症であり、啓発活動に精力的に取り組まれている。
多分劇場にいる人って依存症から遠いか、あるいは観劇の話をする名義だと自身や身内の依存症の話しづらいと思うのだけど、遠いところの話と思わず以下のリンク先を読んでもらえると嬉しいです。

三浦春馬さん「キンキーブーツ」追悼映像の「あるセリフ」に依存症者の私が驚いたワケ

公益社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会

いうてますけども私は生育環境が終わってるので、アスクヒューマンケアの「自分らしく生きるとは?」のページに書いてあるようなことから色々書籍読んだり生育環境終わってる人の自助グループに参加したり、なんとか自分らしく生きてやろうと日々もがいている最中で。振り返れば対人関係で共依存に突っ込んだりとか、不健全さへの依存もあったし今も自覚的に振舞わないと悪いほうに突っ込みそうだからまだまだだなぁと思ったりです。なので依存症、12ステップは他人事ではないなぁと思っております。生育環境由来のこととかは誰しもあるんだけど自覚的にそれを捉えられるかはまた別っぽいんだよな~ということをビジネスシーンで思う…

12ステップが回復のためなら6ステップは成長のためで、よりよく生きるためのRAISE YOU UPでありJUST BEだなあ。人生もっとこれから良くなるし良くしていけるし、前に進む原動力を貰った感じ。

リカバリーカルチャーとその次

別に依存症が描かれた作品ではないですが、「変わることとそれについての祝福」は明確に描かれていて、12ステップを含む自助会での回復、回復したことを祝福し応援するリカバリーカルチャーと、チャーリーもローラもローレンもニコラもドンも互いにヒントを与えたり気づいたりして変わったことって重なると思いません?構造的には一緒だけど依存症の話を引き合いに出すとまあ通じないなも思っているのだけども笑
日本で薬物に向けられる「ダメ、絶対」とかはこうあるべきの押し付けで本質を理解してないなあと思うし、工場を継ぐべきだとか女の格好をした男は恥ずかしいとかもなんかそれと近いと思ってるんだけどね。飛躍しすぎか。

日本よりリカバリーカルチャーがポピュラーなアメリカから、閉鎖的で排他的でダメ絶対の島国の日本でこの作品が受け容れられるかって結構緊張感あったのではと思うけれど、9年かけて日本のキンキーブーツが出来上がって、リカバリーカルチャーを広めようとする動きが同時期にあって、メンズリブも2016年初演に比べると少しずつスタンダードになってきている今、芝居は時代を映す鏡に見えて。
変わることを応援し祝福する社会でありますように、という願いを感じた。

それで、自身の行動にどう影響があったかも書き残しておきたいから書くのだけど、観てから+ジェイミー観た影響もあるけどもともとのワーカホリック気質や組織の中で認められようとする無理への自覚、自分はどうなりたいのか何が幸せなのかどういった働き方がしたいのか?といった自問自答があり、暮らす中でも自分はこれが出来ないできるこうしたいとか意志が明確になったような気がします。とにかく、自分は大したやつで、立派で、前を向いて歩いて行ける、祝福の中にあるといった自身がそもそも潜在的にあった説です。仕事も生活のことも趣味である観劇と音楽のことも今一度どうしたいかを自分に問い直すきっかけになった、かな。
そうだね「お祝いよ 立とうとしてもがくあなた この手をどうぞ」だね。

リカバリーカルチャーについては、ぜひ、Addiction Reportのこの記事を読んでいただきたいです。
日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

しかし日本は湿っぽいし回復より結果を好むし依存症は恥で目を向けたがらないからなぁ。自分には関係ないこと、とされそうだし、風土的にこういう作品が産まれるまで時間がかかりそうだ。誰かに気づきを与えるとか手を差し伸べるとか、ああしろこうしろじゃなくて行動変容を促すとか、そもそも自分と違う他者がいるとか、話すことでその他者との交点が産まれ自分と重なる…とか、必要だけど勇気が出ない、はありそう。そしてそれをやってくれる人にべったり依存する(お世話係的に扱う)とかもあるからな~なんでここまでネガティブな感想出せるんだよ。

リカバリーカルチャーのその次、手を差し伸べる人の手を取れて、自分が変わって世界が変わり祝福を受けたあと、どんな自分になれているかな、なりたい自分になれたかな。ありのままも大事で、ありのままの自分を受け止めた上でなりたい自分になり続けていて。それってだいぶしんどいけど同時に取り組む値打ちのあることで、それが出来るのは結構体力必要だし同時に誰かに支えてもらっているという安心感とか、一人じゃない、とかがあって。まるっきりローラ、チャーリー、ドンといった登場人物と自分は同じではないけれど、重なるところやこういうところ似てるなが見いだせたときちょっと進める。物語から与えられる「一人じゃない」がある。あとは華やかなステージだからこそ伝わるものもあって、これが説教臭く12ステップやらリカバリーやら言われても全然刺さらなさそうも思う。遠いところに見える物語、ドラァグクイーンのローラがいること、遠いからこそ受け取れる、もあるかな。

変わり続けたいし愛を輝かせたいし人生は生きるに値するというエネルギーを貰える作品、どうかどうかこの先も愛され続け上演が続きますように!

感想などマシュマロとかでお寄せいただけますと嬉しいです。よろしくお願いいたします。

おまけ

キンキーブーツの限定フォトマティック撮って以来不定期にひとりないし友達とフォトマティック撮るのにはまりました。楽しいです。

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