やっぱ今でよかったよな

crowd during concert お手紙
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ただの恨み節みたいなものと今はそうじゃなくてよかったって話なんですけど。

2026年10月現在宝塚大劇場で花組エリザベート上演しており、私もチケットがあるので観に行くんですが、12年前・2014年の花組エリザベートのときまだ実家にいて、母親のぶんのチケットを確保する必要がありまして。
ここでこのブログ新規向けに説明すると母親との関係が悪いどころでなくまあ…虐待ですねということがあり、今私が住民票閲覧制限かけて逃げたんですけど、逃げる前の話ですね。新規がどれくらいいるかはわからないが…

私が2014年エリザベートの手配をするように言われていたができなくて、烈火のごとくキレ散らかし、弟の部活の保護者会のお父さんに頼めばよかった!(※その方に頼んで確実に確保できるかは未検証であった)と大騒ぎで大変だったとこを結局どうにかしたんですが、自分でチケット確保できない人の世話をずっとしてたんだな、と思い出した。そもそも保護者会の他人の親にそういう距離の取り方するなよ、と今となっては思う。

…だから、エリザベートという作品が苦手なんじゃなくて、インターネットの学級会と上記自分でチケットを手配できないのに人が用意できないとキレ散らかす老母が無理だったんだな。ミュートワードにしてなるべく触れないようにしてたけど別に全然そんなことない、自分のコンディションがいい時に観劇の感想を読むとかはできるな、学級会だけミュートできないかな無理か、だからミュートワードにしてたか。老母みたいな人は今回も現れているだろうけれど、どうかチケット手配を強いる化け物と皆さんが距離を置くことが出来るよう願う。何から利害関係があると難しいよね、一つ屋根の下で暮らすのもまた利害関係だし。

母娘で感想を語り合うことも難しかった。例えば、何らかのテレビ番組でアメリカンドリームを見て楽しくなったからとミス・サイゴンのチケットを手配するように言われ一緒に観に行ったが、アメドリがサイゴンの全てではないため話の筋にはキレ散らかしていた。ベトナムの人が見たらどう思うか!と、キレ散らかしを自分で処理できないから喫茶店に私を連れていきキレ散らかしを聞かせるというあんま楽しくないやつ。だめだよ!でも自分もどっかで同じことしてたね…があるし、やっぱブログにたくさん書く、人間に話しかける前に文章にして読みたい人だけが読みに来る設計にする、に落ち着いたかも。
私も別に無批判にミス・サイゴン観てるわけじゃないんだけどなあ、見えてる世界が違ってそれを認めなくて何でも自分のフィールドで話す人に捕まるとマジで話が通じないな、はこの体験から。キビシイ。

ずっと保護者のつもりでずっと何でもやる人から逃げるにはやっぱり実家を離れるしかなかったわけだけど、話が通じないと離れるのは痛い。親を虐待の犯人に仕立てるのってかなり疲れるけど、一度それをやると何か失った気持ちにはなる。人として大切なものは2019年の8月においてきた。慈母・慈父を慕い親にしてもらったことのありがたみを感じるのが多分自分の中にあるべきとして残ってるけど今更は難しい。事実ベースの評価とエビデンスが大事だけどそれだけだと社内政治負けするしなとかの観点がある。

でもさー、今自分の分のチケット手配だけで済むのは、かなり楽だよ!とれなくても自分の責任、とれたら嬉しい、そしてとれなくて悲しむのは自分だけ!本当に気楽!母親との観劇旅行もないし、母親が若い時に見ていた大阪キャッツの思い出のために手配とかもしなくていいし、他人の若いころの思い出はその人がどうにかするものであって娘が補わなくてもいいんだよね。対等であるべき大人同士が一つ屋根の下に暮らし憐れんでケアをする構図がおかしかった。なぜそんなおかしいことになったかって母親と父親の不仲がベースかも、でもなんかお金があるからか両親が海外旅行行きまくって関係性の雰囲気が変わっていた…金でどうにかした感じ。ただ雰囲気が変わるのと私への当たりの強さは別の話。

チケットが手配できないと分かると物凄い形相で睨みつけて口をへの字に曲げ怒鳴り散らかす、でもそれ以外で自分の要求の通し方が分からなかったのかも。ここで母親の生い立ちとキャリアを重ねて自分の溜飲を下げる。私個人の溜飲は下がるがそれだけだが。
私が30代半ばを過ぎ社内政治の輪郭がようやっとわかるようになり、上手く立ち回ることと長く働くこととは…と考えて日々実践しているが、母親はどうだっただろうな。出産によるキャリアの中断、女性への育児負担の偏り、非正規雇用の待遇格差…を憐れんで私はケアしようとしていたが、政治の責任のことと個人がケアするのっておかしくないですかね…タフラブというか突き放すのもまた愛で、そしたら本当の意味で母親を愛せていなかったのかも。向き合うにはあまりにも不利益が多く、愛するには害をなすもので、愛されたかったらありのままじゃ、だめだよ。赤ん坊のまま歳を重ね要求だけ積み重なるなら人は離れていくし、離れていく原因に向き合わないと穴は埋まらないけれどあなたがそれに気づくのはいつかな。でもいいよ、別に期待してないから。無垢で無邪気というと聞こえがいいかもしれない、無垢で無邪気は褒めているわけではない。
非正規雇用と正規雇用の待遇格差は社会問題であり解消に向けた社会運動には自分も頭数になりたいと思う、が、目の前の実母は救わなくていいかぁ、と今は思う。実母さんに自己責任までは言わないけれど、手を差し伸べてやらなくていい。人の怒りに連帯しなくていい。なにに加わるかは自分で選べる。生育環境と自分がキャッチする社会問題は切り離せないとこあるけど、なんとか、なんとか…

基本的に自分の世界の中にいようと思うのはこの辺りで、そりゃ介護問題やらがない分チートかもしれないけど、もう別にいいじゃんそれで。自分のために頑張れるって幸せだよ。ずるいって言われたら同じ思いしてみろよってなるから、ダメだよ。

で、何の話だったっけこれ、人の分のチケット手配だるいね、であってます?

念のためマシュマロを置いておきます。必要に応じて供養も行いますので、よろしくお願いいたします。(話しかけてもらえると嬉しいね)

お手紙
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