20260412 ブラッド・ブラザーズ@サンケイホールブリーゼ 感想文

ミュージカル

話は好きじゃなくて演出は相性がいいパターンだったな。感傷の中にいるのが苦手なので、外側に客を配置させてあんま感情移入の導線引かない感じは私と合ってるんですが、まあそう観るのはしんどいね。往々にして人は現実や自分との接点を物語の中に見出してしまうから。そんなものないのに、深読みしすぎだよ、これお話だよ?のピリっとした、湿っぽさを許さない見方をしてしまった。

大千秋楽のこばやまペアでした。

あらすじ

リヴァプールに暮らす子だくさんのジョンストン家に、双子が誕生する。
生活の困窮から、母はやむなく、片方の子を我が子に恵まれなかった裕福なミセス・ライオンズに託す。
こうして、一人はエドワード(エディ)として豊かな家庭に、もう一人はマイケル(ミッキー)として貧しい家庭に、離れ離れで育つこととなった。

やがて運命に導かれるように再会した二人は、同じ日に生まれたことを知り、固い友情を結び〈ブラッド・ブラザーズ(親友)〉を誓う。
しかし年月を重ねるにつれ、彼らの人生は環境の違いによって大きく隔てられていく。

18歳となったミッキーは、不況により職を失い、幼なじみのリンダとの結婚生活にも翳りが差す。

一方、エディは大学生活を満喫し、将来を約束された存在となる。

血を分けた実の兄弟、ミッキーとエディ。
社会の格差と避けられぬ運命が、二人の行く末を容赦なく裁いていく。

東宝 ブラッドブラザーズ公式 STORYより

今の時代はこの時代に比べて福祉がちゃんとしててよかったですね本当に…という設定である。その分母は強しというか、今より単純に考えて割り切って行動する必要があったんだろうけどね。各々事情はあろうが、現代なら行政の介入が入りそうなのがジョンストン家である。ライオンズ家ももうちょい落としどころあったのかもなあ…と思わなくもない。現代の福祉であれば起こってほしくない悲劇ですよ。

感想

単純に考えて割り切って行動することからの悲劇、というよりかは、そりゃそう単純で読みが甘いからそうなるでしょ自己責任ですよ…とあえて寄り添わない見方のほうがまだなんぼかマシかと思った。思慮があれば、でもないなあ、ないので…後味はすごく悪いし、子役なしで大人の役者が子供を演じるのもええ~ってなったけど、自己責任のほうがマシ、はひとつ鑑賞のキーワードかもしれない。

共感した、頷けた、が引っ掛かりのない状態とすると、自己責任として距離を置くことは何らか引っ掛かりを覚えているのではないかと思う。感傷の中にいるほうが却って見たくないものを見ずに済んでることってないのかなぁ、は常日頃思うことです。
物語を投影する先は今の日本であり、確かに悲惨なニュースは多く、国のやることに不信感が募るばかりで。でも感傷に引っ張られるとニュースに引っ張られて「報道されないこと」が何か分かんなくなるな、どうしようかな、どうなんだろう、話すには。と思う。つらい話だからこそこれはお話だと距離を置かないと飲み込まれるものってあるよね。

そもそもミセス・ジョンストンとミセス・ライオンズそれぞれの決断も愚かなのでそれ以上言うことはないのですが、お前!責任を取れないことをするな!となった。ミセス・ジョンストンは双子が双子であるネタバレをしちゃうから本当に愚かだよ、でもそれをやり通すほどの胆力もなく感傷に呑まれてたなあ…苦渋の決断か?ほんとか?ってなっちゃってよくない。ミセス・ライオンズもどうしようもないけど、どうしようもなく見えるのは私が挙児希望ないからかもね…。雇う側のライオンズと雇われる側のジョンストンが対等なわけない、も思っちゃった。対等じゃないのは立場だけじゃなくて、見えてる世界が違うということもある。雇用関係の中だから話が出来て、じゃあ子供を50ポンドで売り渡した後も一緒か?本当にどっちを渡してもまあなんとかなるって思えた?
生活が苦しいと視野が狭くなるみたいなことで、それは私が実家から逃げ出したてだったり、会社都合で年収が落ちたときに病気が見つかったりしたときにあったことで、無い話じゃなくて…結局自分はなんとかできたが、苦しいと直ぐ解決する方法が欲しくなる。そして往々にしてそれは良い判断ではない。なんとかならないほうはいつも紙一重で存在する。
人間の生育に遺伝と環境どっちが影響大きいんだろう、って皆さん考えたことありますか、そして同じ親から生まれた双子が別々の環境で育てられ、交わってしまったらどうなるか、って悪趣味だと思いませんか。ない話じゃないんだろうけどね。人がのぞき見たいものなんだろうなあこれは。

ミッキーとエディの間に確かに友情はあったけどそれは何も知らなかったからなのかな~。血縁があると知らずに出会って義兄弟の契りまで交わした仲で、知らなかったから仲良くなれた、はあるなあ…
格差を感じていないのは往々にして持てるもののほうであり、それはエディであり。ミッキーが持っているもの、エディが持っているものをそれぞれ交換し合えたら、なんて無邪気な思いをことごとく潰す筋書きはしんどいけどまー仕方ないね…そんなことはできないのだから。特権と格差と階層はひっくり返せないものである、という前提で、そこをうまくやるためのハックがあり、しかしそれはものすごくしんどい。一度持てるものになれば降りる必要もないしね。
感想を書きながら、そっすね無理でしたね…いや~こうなるしかなかったんじゃないかな…と物語に向けての他人事の目線がすごく強くなってきましたが、ミュージカルというものが何か期待させてしまう枠組みなのかなと思って、だからこそ期待させない話の意味ってあるな~とかはちょっと思った。

終盤にかけても本当に救いが無くなって、ほんとなら喜ばしいはずの、ミッキーとリンダの間に子供が出来たこととか、でも(うろ覚えだけど)苦しくてもエディには施されたくないとか、そうかエディはもう施す側だもんな…とか苦しいことが幾重にも重なる。施されるって惨めですよ、施す側が善意であればあるほど、格差の上にいるものであればあるほど。だからこそ対人救援に自己決定権が必要なんだろうけどね。

ミッキーが失業して以降の荒れ方が救いがなくてね…薬漬け(※その当時の医療であれば今ほど依存性の低い処方ではないと思うので、薬漬けと表現するのもあながち間違ってはいないと思う)で自暴自棄になって、最後、ミッキーはどんどん無敵になっていきサミーに引きずられて殺しに手を染める。その報酬の額が50ポンド。50ポンドで売られた子は50ポンドで自分の自分の未来を売り渡した。ミセス・ジョンストンはもう耐えられなくなっちゃった、でもそれってあなたが主体的に選んだことですよね?双子だってばらしちゃうのもそうですよね?ミッキーが選んだことも自己責任ですよね?先が見えない苦しさの中に自己責任が重なるように作られてるな~と見てて思って、嫌な気持ちになった。そう、「(ライオンズに渡すほうの子供に)なんで俺を選ばなかった!」はどうしようもなくジョンストンが愚かだったからで。
だからこそ行政の、福祉の充実が必要であり、感傷じゃなくて現実的にできることを探して手を動かすなり金を出すなりしたほうがいいんじゃないですかね…とまた自分の中の引っ掛かりを突き放す。めそめそしてんなよ!と謎に語気が強くなるね。愚かなら自己責任でいいのか?とか。

特権と格差と階層、なにも遠い話じゃなく、一緒だと思ってたら違った、とかは我々にもよくあるのではないでしょうか。その居心地の悪さとリンクする、はあるかな。個人の中ではそう、社会全体ではどうか。行政とてなにもしていないわけではないんだけど、日頃から目を向けないと何もしてないように見える、かな。自己決定権と申請主義と、アウトリーチ型支援との狭間で、ブラッド・ブラザーズのような悲劇を現代で再度産み出さないために動いている人たちがいる、は目を向けられるべきですよ。でもそうか、目の向け方が分かりにくいかな…この辺りも発信していければいいが。

これは個人の、主体的に選んだことの結果であり自己責任だけれど、自己責任で済ませるのではなくどこで救いがあればよかったのか、そしてその救いが同情でなく今の境遇から自立するためのものであるには、どうしたらよかったのかな…と考えてしまった。行政の仕事であり、国の仕事であるが、サッチャー政権が切り捨てたものかもしれない。新自由主義で勝者はライオンズでありミッキーは負けた側である。サッチャー政権下の作品といえばビリー・エリオットだが、ビリーは希望があるけどブラッド・ブラザーズは何にもなくて。何にもなさが今の時代と重なって、苦しいな。失業もそう、今の時代のほうがなんぼか救済策はあるがそれでも。やっぱミュージカルの読みときはある程度政治的背景を踏まえたほうが解像度上がるんじゃないか。逆に解像度を下げたければ政治的背景は無視したほうがいい。そしてそれは選べたほうがいい。私はこういう文章を書くのが手癖になってるけど正しいとは思っていないし読み手を選ぶと思っているよ。

そのほかキャストのことなど

小向なるちゃん好きだからなるちゃん目当てで観たところはある!ずっとかわいくて幸。

ラ・カージュ・オ・フォールのオタクなので山田健登さん菅井理久さんみれてよかった。ラカージュもよろしくお願いいたします。子供時代の山田健登さんのピンクのほっぺ~

東山さんのナレーターはちょいちょいおもろいとこもありましたが、この作品を主体的に見えるもの・自己責任に見えるものに仕上げるのに重要な役どころでした。

書きながらネオリベと自己責任の整理をつけ、でもそれじゃ先細りなのでやめましょうね、と思いつつ、世界はチキンレースの自己責任を好むなあ…と苦々しく思う。だからこそできることをやる、手を動かすか金を出すかどっちかしたって罰は当たるまいよ。

ここまで読んでくださって、なんかできないか、と思った方向けに、大阪はミナミ(道頓堀とかあるところ)の若者支援をしている認定NPO法人D×Pのリンクを貼っておきます。他にもいろいろなNPOがあるし、できることは、あるよ。

マシュマロも置いておきます、よかったら話しかけてくださいませ。

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