ミュージカル ジェイミー@新歌舞伎座、愛知県芸術劇場 感想文

ミュージカル

夏の盛りに上演されていたのに感想文を書いている今は冬の入り!8月のことを11月に書いています。大阪全ステ、名古屋大楽入りました。正直に回数が言えてえらいね。若さの勢いも好きだし、「メタファー」をキーに物語を読み解くこと、ぴったり自分に重なることじゃなくても自分の血肉となること、生きる力となることについてずっと考えていました。だから今になったんだな。そして私は初演後に出た舞台裏映像的なののジュースじゃんけんを一生忘れないし初演メンバーのことも忘れない、2021年初演が自分の何かの原点になっているため。一生モノの作品に出会えたことへの心からの感謝と共にあった2021-2025、だと思っているよ。
とはいえ、忘れちゃってる人多そうなのでまずあらすじ、次にダイジェスト舞台映像を貼ります。

ジェイミーは、ドラァグクイーンになることを密かに夢見る高校生。

16歳の誕生日、母親マーガレットからプレゼントされたのはジェイミーがずっと欲しかった、ゴージャスな赤いハイヒールだった。
喜んだジェイミーは、親友のプリティに教室でこっそりとハイヒールを見せ、同級生ディーンからの辱めにも初め抵抗して言い負かす。その姿を見たプリティは、高校生活の最大のイベントであるプロムにハイヒールと共にドレスを着て出ることを提案する。
夢に向かって強く突き進む思いを抱いたジェイミーだが、学校や周囲の保護者たちは猛反対。
苦しむ息子をマーガレットは全力でサポートし、彼が自分のアイデンティティを自由に表現できるよう強く、愛情深く背中を押してくれる。
偏見や差別に苦しみながらも、母との絆に支えられ、自分自身を偽らずに本当の自分を表現し続けるジェイミーの姿は、次第に周囲の目を変えていく…

ホリプロ ミュージカル『ジェイミー』より

私が好きなのってライフステージ()にあった作品じゃないじゃーん(しゃれになってないじゃーん)とかのいまさらを思うんですけど、力を貰える作品が実年齢の現実の自分にぴったりなわけないなぁ、ティーンが主役の作品にどハマりミドサーって切り取るとアレに見えるだけで別におかしくないじゃんね…とか観たときは謎にライフステージのことを考えていたメモが出てきました。謎だね、今更すぎるし。

メタファー

ブロックを積み上げたり椅子にしたりするセット、学生の衣装も制服・プロムとそんな衣装替え多くないし原則着っぱなしでかなり視覚効果が削ぎ落された作品だと思います。だからこそ本質的なもの、作品のメッセージが自分の中に浮かび上がるし、自分の中にあるものと作品の中にあるものが重なる。演劇のアプローチって潜在意識に働きかけるものがあるよなあ。自分の中に何があるかを作品を通して気づくことがあり、それは自分にぴったりの主人公が出てくるからそうなるわけでもない。面白いね。
このブログを読んでくださる方もドラァグを目指したことがない方のほうが多いだろうし、大体はそう、重ならない。属性が重ならないのに惹かれるのは、勇気を貰えるのはなぜか。

パンフレットにある演出・振付のジェフリー・ペイジの言葉とか、確かどこかの稽古場映像でジェフリーが言ってた「メタファー」が忘れられなくて。我々は文学的、詩的な営み、直接的でないもの、すぐに効果の出ないものを軽視しがちだけど、本当に欲しいものや着地すべきところはそこにあるんじゃないかなあと思います。いうてますけども資本主義ゴリゴリの業界でテック界隈の端くれをやり禄を食む身ですから、資本主義側から、体制側の自分の言葉であることは違いなくて。それって対象を「眼差し」てません?って自分に思うんだけどね、それでも。自覚あるだけなんぼかマシか。

別に我々はティーンじゃなくてドラァグでもなくて目指すものはもっと現実的かもしれなくて現実はもっと都合悪いかもしれないよ、意地悪かもしれないよ。それでも自分の中の声を聞いて選ぶとか、自分を大切にするとかは、やれるんじゃないかな、と思う。自分の中の声に耳を傾けてやりたいことをやる、なりたいものになる、って理想論じゃなくて現実的な話ですよ。

2021日本初演と2025年で世の中全体としての大きな違いは生成AIの台頭とDE&I推進とそのバックラッシュかな。ネガティブを挙げていけば枚挙に暇がないが。生成AIで作られた簡単な絵と文章と動画のインパクトは大きいけどそれが自分の望むものに働きかけているのか、どうか。簡単なものはそれだけで、簡単だからスピード勝負になるな、を一応生成AI使って仕事したり個人的にツール開発してる身としては思う。スピードが早ければ早いほど取り残されるものは多く、個人より全体の動きに合わせるのが楽で、それを刷り込まれていく感覚がある。ダイバーシティ施策もそう、企業のダイバーシティ推進は進めるべきと思うが、まだまだはたらく人の潜在意識の中にはそもそも無自覚の差別意識とかがいっぱいある。その中で進められてるからなんでも同じ箱にいれてとりあえずどうにかなれ~!の勢いですすめてなんともならない、を観測したりしなかったりしている。
治療薬の研究とか何か使うべきところに使われるAIもあれば、個人の慰みと他者との交流の断絶に作用するAIもある。そして全体の構造が見えづらくなって対立が増えているように思う、どのSNSもね。
そんな時代に演劇がある意味って「メタファー」じゃないかな、をジェイミー観て思ったのです。お金払って劇場にいる意味はそこだと思ってるよ、すぐに効果の出ないもの、自分の潜在意識との対話。スピってないです~。

世代差

ビリー・エリオット同様時代が芝居を濃くしてしまった、をジェイミーにも感じたのだけど、世代差も今回は強く感じたかな。初演よりヒューゴがこまごまうるさくて年寄りだなぁと思ったし、ドラァグスもずっとうるさくて昭和感あってジェイミー世代との対比になってたように思うな。

初演からですけど若者たくさんにドラァグスとマーガレットとレイで芝居締める座組になってんのほんと好きで、若手がのびのび表現してるのを見ると元気出るし、ベテランの歌声と芝居で作品が引き上がってるのもだいぶいいし、どっちかだけでもちょっと違うし両方あるからいいんだよなあ!と大きい声が出てしまうわね。どっちの世代もいるのもいい、どっちの世代もこれからを生きていくんだよ。

岸さんのサンドラが一生下品で(レッグスイレブンの楽屋で〇〇ポジ直すのは初演のキーヨからありましたけどあれは台本にあるのだろうか)アドリブ多すぎてうるさかったし、泉見さんライカも孫いる53歳とか大ちゃんトレイに言われてたけどこの一生うるさい感じがいいな~と思った。アドリブは多すぎるとよくわからなくなるが…大阪と名古屋大楽でどんどんアドリブの尺が長くなっていく岸サンドラに客席で手に汗握っていたのであった。とうこさん笑わせにかかって芝居止まってたやんけ~やめろ~

自分は何になりたいのか

メタファーと同じくらいの割合で今回の鑑賞のキーとして響いたところ。ロコ・シャネルがジェイミーにレッグスイレブンの楽屋で「自分は何になりたいのか」を問うところ、自分の言葉で自分が何者かを定義する場面で、他人の物語の中に自分っていないじゃん!て思った。自分、自分、自分、分からない、ミミ・ミー…はい。働く人間としてキャリア形成について考えることは度々あり、でも他人のキャリアの話は参考になれど自分の話じゃないし、憧れたってそうなれやしない。自分は自分のまま生きていくしかない、を思った。観劇の面白いところは役に向かって投げかけられた台詞が自分にも飛んでくるところ。これを刺さった、って言うんだろう、刺さったね。

再演キャストについて!

初演も再演もどっちも超好きで一生この話できるんですけど、もう全員大好きになっちゃった!

髙橋颯くん初演からより力強いジェイミーになってて、主演としてこの作品に2度出演すること、それを初演も再演も観ることが出来たのはとても嬉しい。初演アフトクでふわふわ不思議だった颯くんが大阪大楽のカテコで「今なら何でも喋っていい」みたいなこと言ってて、禅さんだったかとうこさんにヒヨコが殻を破った…みたいなこと言われてたのが良かった。

三浦宏規くんは踊れるし発光して暴走してエネルギッシュなのがいいね、三浦宏規ファンの気持ちって言うか追いたくなる気持ちわかるな~と思った。とにかくエネルギーと光だな、だからジェイミーが気づいて成長していく芝居が颯くんと違って両方面白い!になった。

意外だったのが遥海さんと唯月ふうかちゃんのプリティ。遥海さんってSIXとRENTとラグタイムのイメージが強くて、要するに大人っぽい役のほうが印象強かったからプリティのイメージなかったのね。でも蓋を開けたらまんがタイムきらら系はわわプリティで、アフトクで喋ってるのもプリティそのものみたいな感じでよかった。その芝居のアプローチからの歌声に説得力あって、伝えることってステレオタイプのイメージから来るんじゃないね…と客席で反省したり考えたりした。この作品全体通して勢いじゃない緻密な演技プランを感じたけど、そのための思考の組み立てって個人の経験とかから来るじゃん、考えが見えると思える歌声と芝居が好きなんだなぁ。
ふうかプリティは不思議な感じがしてよかった、颯ふうかは不思議と不思議でよかった。Beautifulで広がる星空は遥海ちゃんもふうかちゃんも、プリティの内面に広がる星空のようなもの、見えているよりずっと広いものをそれぞれ表している感じがして素晴らしかった。まで打って思い出して涙出てきたからよほど好きなんだね…
おホモだち!とかズッ友!ハッシュタグフォーエバー!とか台詞のテンポ感が初演からいいね、これは訳がいいなあとずっと思っている。

ディーンは神里優希くん吉高志音くんそれぞれの芝居のアプローチが違って面白かった。神里ディーンはジェイミーが自分の世界にいることが目障りな感じ、志音ディーンはちらちら視界にジェイミー入れてて(最初の教室とか二幕とか)羨ましさからやっぱり目障りな感じで、ジェイミーとディーンの間の境界の引き方がそれぞれアプローチ異なる感じ。人と人の間には境界があり、バウンダリーと言ったりして最近注目されてる概念なのかなと思うけど、芝居の中の役としての境界について、ディーン越しに見た世界も感じられた。そう、それぞれから見えた世界があって、それぞれは個人として存在していて、でもぶつかってる時ってその後境界が引き直されるな~など。
プロムのやり取りがディーンが救われるとこだと思ってて、あそこで誰も手を差し伸べなかったらディーンは無敵の人になってしまう。ディーンからしたら自分が天下とれてた学校での最後のイベントであるプロムにジェイミーやプリティがいることって面白くないし、プリティに言い返されることもジェイミーが受け容れられることも面白くない。面白くない存在のジェイミーで、それをジェイミーも自覚してるからこそ最後にジェイミーが手を差し伸べる意味があるね。境界は引き直されそれぞれの世界を生きるわけだけど、手を差し伸べるということのフラットな意味、ジェイミーがディーンを受け容れることが描かれてていい。
ちなみにこの手を差し伸べることは二幕でミミ・ミーに扮したジェイミーがディーンに無理やりキスするとこと対比になっていると思っていて、相手の領域に無理やり入って勝ったつもりのジェイミー、だから「お前は特別じゃない」に繋がるよね。その時はそうすることがミミ・ミーとして正しい振る舞いに見えたんだろうな。自分らしくあることについての認識の変化は行動に現れる、プロムにはミミ・ミーではなく自分自身として参加する、周囲と折り合いをつける…あなたと違う人、特別に見える人は折り合いをつけていないわけではなく。そこが描かれてたのが良かった。
(尚、大楽カテコで「ヒール履いてたら痩せます! 」っていう三浦宏規、「痩せるでぇ〜履いたことないけど!w」って言っちゃう神里優希あざした…神里くんずっと明るくて楽しいね。)

母親のマーガレットとジェイミーの関係も依存からそれぞれが共に生きる感じになっててよかった。父親との決別もこの作品のキモで、決別はそうなんだけど決別することで何が描かれているのか、何を受け取ったか、を考えると、「諦念」かなと思う。マーガレットにもジェイミーにもいてほしくて、ずっといるものだと思ってて、マーガレットはそうあってほしいから嘘をつき続けたけど、嘘はいつか破綻する。
一幕でのジェイミーの「パパのためにやる!」と、二幕の「僕にはもうパパはいないみたい」、大切にしていたものの喪失であり決別であり父親への諦念であり、諦念を受け容れるからこそジェイミーはジェイミー自身として成長出来てる感じ。ミミ・ミーじゃなくてね。

バス停での「あんたの未来は明るい!」ヒューゴがかけて欲しかった言葉かもしれないなあ。すさまじい物語と共に生きるしかなかったヒューゴにだって、言葉をかけてくれる人は必要だよ。
ジェイミーの憧れたすさまじい物語の登場人物としてのミミ・ミーはジェイミーじゃないし、バスでロンドンに向かわなくても、ドラァグとして舞台に立たなくても、ジェイミーはシェフィールドにいるまま自分らしく暮らす一歩を歩み始めて。誰かの凄まじい物語の模倣ではなく、ジェイミー自身の物語をこれから作り始める。
マーガレットに謝れたこと、ハイヒールよりも美しい我が家、父親がいなくてもレイがいるからいいって言えたこと。それぞれの人生の境界は引き直され交わるところで温かい気持ちが通う。成長はまっすぐではないが一歩ずつ積み重ねることが出来る。ほんとはこれを書いている私ってそろそろ、誰かを励ます年頃なんだけど、どうしてだかヒューゴに励まされたような自分の未来も明るい気がした
「あんたの未来は明るい!」ヒューゴがかけて欲しかった言葉かもしれないなあ。

保坂知寿さまのレイずーーーーっと好きで、二幕の学校に呼び出されて面談同席のとこの「あんた性格終わってんね」(みたいな台詞)「あーーーむかつく」とかさ~私にも都合良くあらわれてほし~あらゆる面談に同席してほし~~~と思った!レイもまたマーガレットとズッ友!ハッシュタグフォーエバーであることよ。レイがいてくれるからマーガレットもまた成長できた。下品な台詞も不思議と嫌じゃなくて、ラフな女同士の会話というかんじでいいんだよな~ソーセージに口あんぐりとか。ビッチでかっこいいレイ好きすぎる。ここまで書いて気づく、レイ目当てで大阪全ステしたのでは…

芸人がミュージカルに出る、は私全然ありっていうかあんま意識したことないので、かなでちゃんがミスヘッジよかったな。声でかくて怖くてよかった、Work of Art大好きなんだけど怖い。いうてミスヘッジも人間なので弱さとか本当はこうしたかった、あるよな~とみていた。アフトクで遥海・志音くん・三浦くんに急遽かなでちゃん参加してたのはトークの収集つけるため説。適度にいじられて適度にトーク回せるのは平場の地肩を感じる(すぐそういうこと言う~)なるべくアドリブ入れる三者面談前おつかれした。


いうてますけどもドラァグスだいすきで、今回トレイが大ちゃんなのもよかったし初演から石川禅ヒューゴめろ界隈なのでアクスタ持って劇場で写真を撮っていた。みんな岸さんのアドリブやヒョウのぬいぐるみ飛ばしに注目する中私は激しく泉見ライカにめろついていた。お顔可愛くて喉強50代さすがにめろいって~
ちなみに泉見洋平さんライカのアンダーが東間一貴さんで、調べたら過去に泉見さんのステージに東間さんがダンサーとして出てたようで、これには関係性厨も大喜びである。大ちゃんアンダーMAOTOくんもかなりいい。

稽古場映像かなりいいね。

ヒョウ飛ばし。

学生組もめちゃ好きで、全員かわいい~

女の子たち!

男の子たち!みんな好きなんだけど初演でMAOTOくん好きになったポイントことマーガレットにカップ渡して顎ちょっと撫でてはけてくとこ相変わらず好きですね……手の使い方が綺麗だしダンスはやっぱレベチだよ。

女子は小向なるさん元榮菜摘のビジュが特に好きでかわいかった~リコちゃんもずっとかわいくて(特に二幕のEverybody talking about jamieの振りとてもすき)、フィナーレでリコちゃんでてくるとMAOTOくんあたりがかわいいー!ってガヤいれしててわかる~ってなった。かわいいため。
初演伊藤かの子さん再演澤田真里愛さんファティマもわかる、わかる、どの枠も再演キャストは初演に系統が似ている。

なつみベッカめろいよ~

訳詞について

ジェイミーの翻訳・訳詞結構好きなんだけど原語そのままだとえぐいとこは上手いこと落としてるね、d**kわりと出てくるし。プロム後は大体そのままで、セット上の学生パートとドラァグスで別の歌詞歌ってるぽいけど聞こえねえwでも原語も歌詞カードないと分からんくらいなのでそういうものかも。初演から4年経っても古びてなくていい翻訳だと思いましたよ。福田響志訳詞私はわりと好きですよ。なるべく若い人が訳した作品は若い作品に合う、身も蓋もないですが。
バンドもミニマムで、音数が多くないからこそシンプルに響くし、そこに合わせる言葉もシンプルなのが良かったね。余計な飾りがないのがこの作品のいいところ。

メタファーがキーだと直接的な言葉はノイズになるし、かなり言葉は選ばれていたように思うね。そこから何を受け取るかはその人次第ではあるそれも身も蓋もない、せめて演じている人たちのハートの部分を受け取れるようにありたい。

そのほか

予想外に長くなったし私はこの作品の話ほんとにずっとできるんだなぁ、それくらい大好きなんだなぁ、大変だなぁ、仕方ないなぁ、と思いましたよ。

Musical Theater Japanのジェイミーについてのインタビューがかなりよいのでリンクを貼ります。2025は三浦宏規さんと遥海さんがインタビューを受けている。伝えることの裏側が見えていいし、誠実な芝居を誠実に受け取れる客でありたい。そのためにコンディション調整をしていきたい。
稽古場などの写真が多いのはぴあの特集。
本番への期待は最高潮! ミュージカル『ジェイミー』バンド合わせレポート

劇場は足を運ぶためにお金と時間と場所の制約があり広く届けるのに難しいところがあるけど、かえって境界を守っている場所とも思えるな。そこに特権性が無いかと批判されたらそれはあるんだけどもね。簡単にいつでも所構わず発信と受信ができるSNSの時代は、簡単に境界に侵入できるとも言えるし、わざわざ劇場に足を運ぶ理由ってあるよね。(劇場のアクセシビリティや観劇と合理的配慮の話とは別です。)

伝えるにはどうしたらいいんでしょう、受け取るにはどうしたらいいんでしょう、問とヒントまでは作品から与えられた、答えは私たち頑張っていきましょう。メタファーから広がる他者への思考、自分の内なる声を聞くこと、行動のための勇気、劇場にいるからたまたま分かったこと、やっていきましょう。

長い!マシュマロとかで感想を貰えると励みになります!よろしくお願いいたします。

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