20250922 ジャージー・ボーイズ@シアタークリエ Team Black感想文

ミュージカル

やっと書けるよ。歌唱力に圧倒とか相変わらずとんちゃんめろいとかはあるんですが(ずっとそれ)ホモソーシャルへの憧憬を自覚してしまいどうしようもなくなった鑑賞体験でした。私自身は観劇をする人の側面もあれば男社会で働く人の側面もあり、お笑いを見て賞レースのピリつきすら摂取するようなあんまり言いづらいこともあり、そうですねM-1グランプリって男たちがピリついてるの効率よく摂取できますね…とか思って自分の傾向に暗い気持ちになることもあり、まあそんな感じの感想です。大分経ってから書いてるし、この時点でダメそうならここから先は読まないほうがいいし、もし気に入ってくださったら他の投稿も読んでいただけると嬉しいです。

シアター・クリエ初めて入った、いい劇場ですね。今回はジャージー・ボーイズ仕様で中が装飾されていてよかった。

Addiction Reportの映画ジャージー・ボーイズ紹介記事読んでたので、そもそもアディクトの話と認識してから見たけど実際そうだった。適切なケアがあればっていうのは簡単で、当人たちがそれを望んでいなければ意味がないんだよねケアがあるべきって…正しさの中に救いはないし生きていきたいと思うこともない、当人たちがそれで満足していればそれでいい…を見て、わりと泣いたし、さっぱりした気持ちで劇場を出ることが出来たのが収穫。グッズはパンフレットしか買えなかったや、欲しかったら通販の初動が大事ぽいな。

どうしようもない人たち、問題から目を背けたりしている4人の男たち、を四季に例えた演出上手いですね。春は本当に春だったし、全員やっぱ最初からどうしようもなかった。
トミーのいう仲間とかダチとかはそれ以上でもそれ以下でもないんだけど、仲間の中と外の壁がでかすぎる。本来の語源の「絆」みたいな。そういう関係であることが生き延びる手段であった、もあるだろうけど。トミーとニックがなんかやれてたのはそれは二人の中でダチだったからで、フランキーが加わりボブ・ゴーディオが加わると当然バランスは変わる。藤岡正明のことを稀代のチンピラ役者な面もありいいなと思ってるけど、オラついてるとこよりもそれに隠れた陰の部分、負の感情があることを滲ませる芝居が良いですね。
夏のきらめきととんちゃんボブは合うなァ~になった…きらめけばその分見えないものは増えますね、上手くいくと信じれば信じるほど。才能の前に勝てない、はあるし、才能はあればいいってもんじゃないし、あったらどうだっていうのとか…チームの一員としてのボブを思うと長期的には居心地悪いね。
秋はさあ割を食うニックにスポットが当たってぎゅってなるよね…割を食うもの、支える側のものはいなくなるまで周りがそのことの重大さに気づかないし大体は動いても報われないし。大山真志の芝居はいいね、明るさと割を食うところの配分がいい。
冬、フランキーにあるのって男気なのか「ダチ」から降りられなかったのかどっちかっていうと後者だと思うんだけど、そうなる背景って土地柄もあるし年数を重ねてしまった積み重ねもあるし、続いてしまったとか降りられなかったのネガティブさを含んでそれでもフォーシーズンズを背負い表に立つしかなかった諦念かなあ、よかったですね…
ジャージー式、ファミリーであること、縛られた関係、の中のサリュとかジップ・デカルロとノーマンがずっと重くてよかった、縦の関係って縛りで、でもそれがないと動けない人たちは一定数いる。フォーシーズンズの中にトミーの思う序列があり、でも維持し続けるには無理があったなぁ。

フォーシーズンズを取り巻く女性たちの中のメアリー、ロレイン、フランシーヌ、もう目を向けるべき時に見とけよお!と思うし、特にメアリーのことをおもうとつらい。フォーシーズンズは問題から目を背けることで続いてきてそして崩壊していった関係で、フランキーとメアリーの間でそれをやってはいけないし、でも関係の続かせ方がフォーシーズンズのそれだけじゃないとどこかで学習しないと同じことやるよね…どこだったかなフランキーが歌ってるときにメアリーが装置の上にいるとこ、ほんとしんどかった。いてほしい時にいないなら意味ないし、ずっといなかったのは問題への目の向け方を教わってこなかったからだよな。フランシーヌにも一緒だよ、失ってから気づくのは、目の背け方しか知らなかったから。ホモソーシャルの中から見た女っていうどうしようもない観点もあり、対等があってはまずいからこうなった、も思うし…なんかずっとパワーバランス読みながら観てたぽいなこれは。

それでも劇場を出た後爽やかな気持ちになれたのはどうしてだろうか。全体を通して楽曲は良いが共感とかで観るものじゃない感じがあり、遠いから分かるし遠いから「まあ自分もやっていくか」な気持ちになったのかな~観れてとても良かった。私もああいうホモソーシャルの仲間に入れたら良かったんですが、現実はそもそも仲間に入れる場面が少ない個人プレーだし小さくケアを重ねながら人と関係が続けばいいなと思うし、自分と遠いほうがかえって自分の座標がわかるということかな、ジャージー・ボーイズという作品を軸として。ああなりたかったけどそもそもなれる環境じゃないし、遠いな、を分かるために、分かった上で遠い物語を自分の血肉とするために。

チームとして動くのは個人の意志が後回しになることがあり、「チームのために」はそれぞれの思惑や本当にやりたいことが隠されてしまう面もある。稼いでるやつが偉いとか誰がこのチームを引っ張ってると思ってるんだとかそういうこと、それが出ちゃってたからこういう結末になった話でもある。個人がなくてチームがある、まあ働くうえで見える構造と近いものを感じますよね。しかしながらある話で、そして才能と共に名曲と共に舞台の上で物語としてミュージカルとして摂取するときやっとわかることでもある。あまりにも現実に近いと物語にしないと自分の中に落ちてこない。届く距離にこの物語があって良かったとと申し、再演が続くのも分かるし、そしてこの先も続いてほしいと思う演目でした。観てから間が空くと文字数書けないが自分用の記録を世界に公開、と言うことで一つよろしくお願いいたします。

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