scenic red barn in swedish countryside お手紙
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このところ、どう思われるか、がストレスで、それを寒さのせいだと誤魔化している。
観劇と合理的配慮とか福祉領域の話を書くといい人だと思われないかが気がかりで…大丈夫ですか、私は、私のことを虐待してきた実母が今足腰を悪くしていると聞いても気がかりにならないような人間ですよ。何があっても割り切って家族だからと思いやるような者ではありませんよ。虐待老人を無理に介護するのではなく、姥捨て出来るように福祉が充実してほしいと思いますね、というスタンスなので…高齢者福祉を切り捨てろとは言わないしそこが充実しないといけないと思う、が、血縁の高齢者を愛おしみ、その者たちの老いを慈しむ気持ちにはならないので、どうかそうしたことを期待しないでほしい。と期待された形跡もないのに言いたくなってしまった…

障碍者の合理的配慮と高齢者福祉は重なるところがあるけれど、「誰もが老いるのだから」だと、こと高齢者とそれ以外を対立構造に持って行きがちなXでは溝が深まるばかりで。事業者の思い至らないところだし当事者もそうだと思う、構造を捉えるのに当事者性が必要じゃないこともあるからなぁ。SNSで意見を通す必要はなく現実を変える必要はある。それはそうとして自分の発信が現実を変える一助にとかはまったく思っていない。それは思い上がりというものだよ…現実の数字と結果が全てで、SNSのおバズり数字、こんなブログのインプレッションは何の役にも立たないのだ。それはそうとして書きたくなったから書いた、それ以上のものはない、のスタンスは自分向かいに示しておかないとしんどくなるね。親切でも寛容でも敬老でもなくても人の尊厳の話は出来る、観劇と合理的配慮を掘ると尊厳に行きあたるから…

インターネットは良くないのにお笑い見るようになったからおすすめ欄にお笑いの話を拾いに行ってしまう。もうこれは仕方ないか、今舞台の話をSNSで拾いたい気分じゃないもんな。大体同じ話題でループしてるしそのうちお笑いのこともそう感じるようになる、から、SNSより劇場ですよ。M-1ツアー大阪のことだってレポ書きたいくらい、劇場のことだから、現場のことだから。書いていいかは分からないが…
お笑い、見方が分かれば面白いものだと思えてよかった。病院の待合室でかかる吉本新喜劇は嫌いなのにね。

疲れて帰ってきて何もかもが嫌で生きてていいと思えないのはいつものことで、でもSNSだと通りすがりにしねって言われるから(今X鍵かけてるけどそれが理由です)、思うのと言われるのは違うからそこで正気に戻る。でも強い気持ちで生きてたいってのは実はずっとなくて、他の人がどういう感じで生きてるのかをそっと伺い続けている。親孝行のためとか子供や親族のため、が美しく見えるけどそれってただのないものねだりだ。もう全部居心地が悪くて会社も転職したいという気持ちになってて、かなり状態が悪いと思う。人間と触れ合わないようにしたいと思ってしまうけどそういうことじゃないんだよなぁ。実際人間度合いはもうかなり下げている。ということを書くと気を遣わせるからやめたほうがいいと思いますよ…

書けば書くほど世間的な好ましさとウケの良さ、インプレッションが取れる方向とでも自分はこれしか書けない、数字になることとならないこと、お金がなければ食えないこと、お金を払えば何とかなる辺り資本主義に救われてるなんて最悪の気分の導線、人の食糧を作っているわけでもないのにお金を貰ってごめんなさいって言えば誰かの溜飲は下がるのだろうか、様々な話題が交錯するおすすめ欄、タイムライン、情報収集に使うにはもうリスクのほうが大きいというか繁忙期に見ていいものじゃないな~私もせめて誰かを元気にするような仕事であれば良かったのだが、出来ることと需要がそうじゃなくて残念です。分かりやすく人に言える仕事であればよかったなぁ、そんな仕事で世の中は回っているけれど、分かりやすいものにしかみんなお金払いたくないもんな。

言葉にしない、できない、発信しない、それぞれが個人の選択で、かろうじて自分をつなぎ留めておくための発信をしてるのかもなと自分について思った。それぞれに事情があるので発信しなければどうということはない。どうか皆さん自分を守ってほしい。ご飯を食べて寝てほしい。残業から帰って仕事着を脱いでも暖房がつけられなくて半そでのままなんてことにはならないでほしい。こういう出力をすることでサイコロを振ってどうにか出目をよくしたいみたいなとこもあるな。ハンドリングが出来ない、3月が近づいてきた、なるべく楽しみたい。

お手紙
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