二月六日 冷える夜、道に迷う

お手紙

道に迷った日に書く手紙。

これ比喩じゃなくて、数回行ったことがある場所に夜出かけたら、道に迷って引き返しました。やっぱ慣れてる昼間じゃないといろいろ危ないな…
真似しちゃいけないのと他に同じことする人は多分いないだろうけど、夜に慣れない道を歩き回るのは怖いのでやめたほうがいいです。

ただ…仕事終わってから寄り道するくらいの余裕があるのは少し、良かったなと思う。疲れ果てていたり帰宅後も会議詰めじゃないときのほうがやっぱりいいや。過労に重きを置いていたり何を差し置いても仕事優先であれば認められる、といった危うい承認欲求は、健やかに暮らすことを阻んでいた。

働き詰めないといけない、余裕を作ってはいけない、は誰かの価値観と思いを自分に移植したものだったと思う。ここで原家族のターン(よってここから先は暗めの内容を含みますので、あかんなと思ったら引き返してくださいませ)

女の仕事(ケアワーク)は安い、と言い聞かされてきたことと、マミートラックにのせられたまま降りられなかった母親を見てこうなるまいと思ったのと、あとはやっぱり…賃金格差であるとか、父方の祖父母から母親に対しての嫌がらせであったりとか、時代が時代だけに仕方なかったのか、いや仕方ないで終わらせるにはあまりにも気の毒に思うことあれこれ。そのあれこれを、母親の分まで背負っていたことに気づく。
別に、人の怒りを、母親の身にかった災難を、肩代わりしなくてもよかったんだよな。
ただし、自分の身にかかった嫌なことについては、即時にできなくてもいいから反応し、場合によっては相手に注意し、自分のみを守ったほうがいいなと思う。自他境界が曖昧だと他人の分まで背負いたがる、私はね…

一番近くにいる同性/異性が母親と父親というのは、同性に対する意識・異性に対する意識に影響してくるし、それが生き方働き方に反映されていることもある。
何事も競わされていたり不利にならないよう計算して動け、は母親に言い聞かされてきたことそのままで、それはきっと、母親がケアワークを担いパートで働く傍で、正社員でハードワークで仕事だけして休日はゴルフに勤しむ父親の風景からか…(まともに会話してたらいくらか軽減できたことと思うけれど)
父親みたいに、偉そうにしても何かの特権で許される存在になりたかった、もあるなあ。お金とか、何かの能力とか、組織の中で偉そうにしても許される要素が自分に欲しかった。文字にするとだいぶ浅ましいし、能力主義だ。でも、もっというと、寂しいから何か特別なものがある自分になりたかったのではないか。寂しかったんだね、をまずは自分から、自分へ…
誰かの心の慰みとしてシナリオ通りに生きるのではなく、自分が正しいと思ったことをやったほうがいいよ、母親も父親も人生の責任は取らないのだから。
ざっくり大きくは生きていくことについて、自分の身の振りは自分が選べるということを、立春が過ぎた夜に思う。

原家族というもの、いつ何時こちらに拳を振りかざすか分からないので、こちらに自衛の手間がかかるのが腹立たしい。せめて無害であれば、まだ…
健全な家庭でなかったことより、今もまだ自衛コストがかかるのが嫌かな。

こうなると今の自分に必要なのはなんだろう。わかんない、とりあえず温泉や眺めのいいところに行きたいね。となると旅行かなあ。どこかふらっと旅立つのも楽しいしいい気晴らしになる。勉強したいこともある、計画を立てよう。
曖昧な自他境界を引き直すものの、やはり機能不全の構造であるとか、性暴力被害者へのケアを…とか、世の中について思うところは多いので、その辺もぼちぼち、できる限りは。

無理しないでね、いつでも気にかけているよ、の言葉を自分から自分へ。

お手紙
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