SNSはどこまでできるか

like printed on brown wooden scrabble お手紙
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お前あの話言及してないじゃんどうなんだよ、と思われているかもしれないが、「言及していない=加害に加担」という認識はなくならないものなのかな、と思う。ハラスメントについての報道も見続けると自分の過去に受けた傷が痛む。実家出てから痛みの解像度が上がった。痛みに気づかないまま人に見えるところで言及し続けると、自分がおかしくなる感じがする。だから話していないことが多い。誰とも言葉を交わさない話題がある。しかし、意見や考えが違っても互いに励ましあい労わりあうことをしたい、と思う。

加害についてのニュースを見て、本を読んで加害の構造について解像度を上げていくうちに、かつて会社の中で私の直属上長がマネジメントやる気なくて、50代男性で公的機関から来た人から威圧的な態度を取られて毎日吐いていた時に助けてくれた、と思っていた人からハラスメントを受けていたことが分かった。証拠保全が完全でないし相手も証拠を残さないようにしていたから今更だな、を思うが、長期的に首とれないかな~難しいかな。

男性比率の高い組織に5年以上潜入して分かったことがあるし、分かってしまうと尚更SNSで人目につくところに書くのは悪手だと思う。反面、男性=敵ということではなく、分かり合えることもある。構造の中の評価とは別に自分の個性が認められて尊重されることもある。ただ、5年以上いることができるからわかるのであって、そうなる前に退場することはある。自分が退場していないのはシンプルに運かもしれない。飲み会に行かなくても自分の意見を出しても退場に繋がっていないのも、ここに書いてあること以外で極めてフェアな手段で社内でできることやってるからであって、そこまでたどり着けない人もいる。気づいてしまえば、自分は何をやっているんだろうな、と思うこと。生存戦略をやり続けるのと昇給やらキャリアアップは違う話で、自分もホモソーシャル組織の中で加害に気づかず構造の一員になれたらよかった、「みんな」になりたかった、なれなかった、別にいいけど。

メン獄さんは書籍も買って読んでるしYoutubeも見ている。私が男社会に潜入して分かったのはこの辺りのことで、上長(男性)から評価されている男性はその上長には見えてない面で自分より下とみなしたものに酷い態度とったりするし、前述の「私を助けてくれたとその時は思っていた人」もそう。成果を出せているのは結構なことだし会社がそれを評価するのは当たり前だが、自分のやり方に従わせるために加害がある、は正式な告発、証拠保全がなされた告発が無いと知らしめるの難しいなほんとに。そして自分も相手によって見せる顔が違うとか線引きが甘いとかがあるので他人事じゃなくて、自分の加害性まで理解した上でやらないといけないことがたくさんある。

パート勤めで子供に当たり散らしていた母親を見続けていたから、稼げない立場は負の生産をやるからだめだ、というミソジニーを内面化するのが先でミサンドリーが後だったの、自立のためにお金が要る、で資本主義のルールに乗らされすぎてたんだと思う。今はミソジニーもミサンドリーも主体的にやるにはきついし暇がないが、とはいえ人間のいるところに内面化されたミソジニー、ミサンドリーありと思うので、この辺り定期的に点検する必要がある。極端さや憎悪は自分を救わなくて弱点になるよ。長所を伸ばそう、に書いてないけど書いてあることの一つには弱点を増幅させないようにしようね…もあると思う。自分を律さないといけないので、律する手段のために何ができるだろうな、モーニングノートとかは手段だよな~

自分の話を聞いてくれる人がいるのはケアになるけど、SNSで不特定多数の目に触れてインプレッションはおろかリアクションすらあるのはケアになるのか、どうか。連帯の表明になるのか。通知欄が怖いことがあるから、私にとってのケアにはなっていない。(言及している人がどうという話ではないです)
年始希死念慮で倒れていた人間ですが、希死念慮でうっかりしないように言及していない、はあるんだけど、わかられないな。言及して通知欄でドーパミン出すとうっかりしちゃうかもしれないから、そうじゃない話を書いている。ハラスメントを受ける環境にいた時毎日吐いてたのも逆流性食道炎の原因かもしれないなとか、身体を大事にするためにストレスで吐かないように環境を調整しているがそれは自分のためであって、とかわかられないな。
言及できない申し訳なさ、自分の意思表示ができない申し訳なさがある。SNS言及以外なら出来るから、署名、寄付、現地でのデモとかのアクションに参加する、をやっていきたい。でも上手くやれる人はこんなこと書かなくてもできてるか。わざわざ書く自分の面倒さとか不器用さ疲れるわね。

どうしようかな、社内において上の世代の女性と交流したいが、その人たちは自分が受けてきたハラスメントや便利遣いを自覚していないからそれらを良きこととしているとかを先に見てしまって、あんまり話す気がない時がある。インターネットだとさらにそれが極端に可視化される。したがって交流はやれる時でいいか。
それより自分が健康でいるとか身なりがちゃんとしているとか自分に構うことが大事で、働き続けるという大きなくくりのミッションのために自分のケアが必要。カスみたいなかつての上長と離れた今わりと元気だけどそれでも年間の医療費は10万円越えてる。言及よりケア。こんな感じでSIX観ても私は大丈夫でしょうか…(一応観る予定がある)(インターネットの見過ぎでSIXにビビりすぎじゃない?)

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