三月もうすぐ折り返し、と近況つれづれ

bouquet of fresh tulips in vase お手紙
Photo by Marta Dzedyshko on Pexels.com

焦燥感が抜けてくると、たぶんこれがいわゆる穏やかさとか平穏だろうな、と感じることがあり、でもあんまり面白くない、とも思う。一日中家にいてのんびり過ごすのは一日なら出来る、ずっとは難しい、平穏と言いながら何か目を背けているだけではないか?みたいな。

最近旅に出ていて、行き帰りの移動時間で「デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する」という本を読んでいた。(※アフェリエイトリンクです)
内容を簡単に説明すると、SNSに触れる時間を減らす・リアルでのイベントや人と会って話すことを充実させるとよい、というもの。ここ半年くらい自分がやっていることと近いな、と思った。インスタとBlueskyはまあまあいるのですが…
X(旧Twitter)から得られる情報と刺激から離れる不安もあるし、SNS抜きで人との繋がりってどうやって?と今でも思うけど、自分の心身のコンディションを保つためには必要なんだなぁ…と実感しています。いいとこどりはできないから、多少寂しくても我慢して、離れても見つけてくれる人がいたら有難いねの気持ち。後は単純にXの今のアルゴリズムが自分と合わないので、少し距離を置く。

恐らくは嵐のようなこの数年の中で色々やり切ったのではないか、でも密度の薄い時間はそれはそれでつまらなく感じる、そう思うなら自分で濃くしていったほうがいい、とかを思った、突然。
あとは、キャリアの観点からも、上がりたいなら適切な課題設定とKGI、KPIを立てて行動することなので…今の自分ならやれそうな気がするんだけどな。
負荷のかかることと、力を抜いて休むことのバランスが上手く取れていないと目標から遠くなるし、それぞれのことができるコミュニティなりSNSの使い方なりがあればよいのかな。

つまるところ、人の話が聞きたいし、自分の話も聞いてほしい。そこに居たい、ここに居るよ、うまくやれなくても。オンラインからも現実からも消えたくない、は広義の生きていたいということでしょうか。相変わらず分かりにくい形で自分の欲求とか願いが出てくるな。
世の中の動きが良くなくて、家族主義やエイブリズムがうっすら蔓延しているところをそっとよけて歩きながら、自分が居続けること、書き続けること、楽しみ続けることがレジスタンスである、と思う。
しなくていい苦労をずいぶんしてきたし、それはこれからも続く。せめて消えたくない。

最近はジムで身体を動かすと眠りも良くなるし、無駄に食べることも減ると分かった。身体を動かして分かることがあって、劇場に行くこと、動物園に行くこと、自分が実際に楽器を演奏するから分かること、がある。分かりたいから現地に行く、手を動かす、話す。だから健康でいる必要があるし、なるべく感性をみずみずしく保ちたい。その上で、消えたくない。

Xのおすすめに麻疹のことがあがってもワクチン接種を確認するための母子手帳取りに行けないとか、自炊しか食べられない時があるから自炊し続けて謎に料理上手くなったとか、ぼそぼそここに書き残す。ずっとそんな感じ。

そうそう、最近はずっとDiscordの自分で立てたサーバーでお話会を開いてたのですが、3月中にトッツィーについてのスペース開こうと考え中です。久々開かれた場で喋るから、ネタ帳を用意しておこう。

自分で立てたDiscordサーバーはまだまだ手探り状態ですが、観劇のことや自炊のネタが多めです。最近取り組みかけてるのは外出時のかばんを軽くしたい話・うまく休みたい話、です。それらのナレッジを溜めていきたい。観劇する人多めサーバーです、ヘイト発言禁止のルールがあります、Xやブルスコの流れから外れて人の気配がするところを確保したい方、是非。

お手紙
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