王様と私@梅田芸術劇場感想文 2024.5.5

ミュージカル

観たよ王様と私。音楽もいいし現代の構造に通じるものもあり、ストレスなく観れるような構成になっている、とは思いました。ただ、宗教って家父長制と男性ジェンダー強めだな、とか、自分が頭が高いとか言われたらすごい言い返しておしまいになるやろうな、とか考えながら観たので、そんなに繊細な鑑賞は出来ていないと思います。いきなり自治体DXがどうとか言い出す感想文です。最後のほう自分語りです。よろしくお願いします。

サラッと観れたのは異文化へのリスペクトが感じられるものだったから、かなと思います。シャム王国の衣装であったり装置であったり所作振付をとても忠実につくってあるように見受けられ、その辺の詰めが甘いと足を引っ張るからね…
全編通してシャム王国と西欧諸国との関係、王様が統治する限界、対極にいる者同士が会話して分かり合うことなどなど学びが多かったです。
何事もそうですけど、「進んだ考えや技術を持ったものが、持たないものに分け与えてやろう」の眼差しって、その魂胆が見えちゃうとすごいきつくて見るに耐えないものになるんだけど、手を抜くとそうなるのが分かってるからこの書き方なのかな、と思いました。

リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世のコンビは親しみやすい楽曲が多いですが、王様と私も言わずもがなです。オケのオーバーチュアでぶわっと色が広がるような感覚がありまずそこで涙が零れ、Shall we dance?でまた同じ色が広がり涙が零れ…シンプルな音楽こそどう演奏するか、どう歌うかを問われるって本当だな、こういうところでも演出の意図って見えるのかも。

イギリスとシャムの対比もそうだし、アンナ・チャン王妃・タプティムそれぞれの立場の描き方も、優劣があるものではなく違いを尊重する描き方になっているのも観やすかったポイントかと思います。下手すると全員鼻持ちならない感じになりそうなもんだけど、それぞれの考え方が分かる芝居になっていてよかったです。対立とか優劣で書くとしんどいからね…それぞれに友情や信頼関係があることがよく伝わってきて、安心して観ることが出来ました。
私はこの演出の王様と私しか知らないけれど、無神経になりそうなポイントはいくつかって、でもそこは上手く回避できていた印象。

王様は自分の国をこれからどうするか、野蛮な国なのかどうか…を苦心していて、王様なりに外の世界とうまく付き合いながら自国をよくしていきたいんだな、と思った。台詞だけきくと偉そうな態度だけれど、それって宗教とそれに伴う家父長制の役割の中だとそう振舞わざるを得なかったのではも感じた。アンナはそれを理解して、会話して分かり合おうと振舞ってた感じで、よかったな。
最後チュラロンコンの即位で荷が降ろせたのは、王の地位と共に男性ジェンダーも降ろせたと思うけど、死なないと降ろせないのが切ないな…
頭が高いって言われたらすごいムカつくけど、一歩引いて、なんでそう振舞うのか、は考える余裕を持ちたい。完全に理解は難しくても、対話して分かり合うことやその一歩を踏み出すことはできるはず。

日本からみたタイって今どうなんだろうな、日本のほうが先進国で東南アジアは遅れてるみたいなのはまだ思ってる人いるのかな、そうもしてられないけれど、なども。その辺はぼんやり考えるより政治とそれを反映する為替レート見たほうが早いか。でも為替レートで分かること以外のハートの部分、忘れてはいけないメッセージがミュージカルにはあるよね。だから上演されるんだろうな、とか…

で、観ながら謎に総務省管轄の自治体DXを思い出しつつ、これも地方?大都市以外のことを野蛮とか遅れてるとか、遅れてるからよくしてやろう!みたいな目線でやるとこけるよなーを思いつつ。自治体DXはドローン活用やテレワーク的なやつ、Webサイトでの情報発信などやってることは多岐にわたるわけですが、その自治体に暮らす人たちのニーズを的確に汲んでやることと、あとはDXのための予算取りのためのあれこれなど…をうっすら、ぼんやり考えつつ。変革なくして発展どころか維持もなく、また変革は痛みを伴うので、せめて対話をと思うこの頃です。

あとは、世代・居住エリア・考え方が違う女性同士で対立するような構造もよくないなあ、と思っていて、あんまり人を切り捨てて語ったりはしたくないかもしれない。相手に意地悪されたり加害されたら話は別になるし、自分が置かれている環境や見えている世界とあまりにも違うものを見てしんどくなる自分の痛みはさておきね、せめて建前くらいは。
切り捨てない、を決めた時にまた痛みが伴うものだけど。
私自身は身寄りもないわりに元気にやっているが、世の中身寄りと元気と職と自由が揃う人もいるもので、あと世代が上だと好景気を経験してたりも羨ましく見えたり、毎年警察を通して住民票閲覧制限かけなくて済んだり福祉が関心外の人たち羨まし…いやそれが当たり前か?!とかでべそべそしてしまったり、欠けはあるんだけど、それでも。ちょっとだけでも人に優しく対話をしたいが、どうだろうなあ…なんで観ながらそれを考えてるんだろうな。

wikiみてたら、王様と私はタイでは上演・上映禁止だそうで、そりゃ当事者以外にあまりにも都合良すぎるもんな…と思った。日本でそうした作品はあるのだろうか。今回の演出は配慮があるものだと思ったけれど。演じることの当事者性とか、しかし作り手が無邪気すぎる場合は?とか、考えてしまうことは多い。

当事者でないこと、構造上自分が変革する側に立ったらどうするか、変革をどう需要するか、あの土地は野蛮だからで切り捨てていないか、考えが違うものと対立で終わらせていないか、等々の問いを貰った作品でした。いや子役素晴らしいなぁとか細かい感想もあるにはあるんだけど、この文章の中で名前出すのもなんかアレだしこの辺にしておきます。観てよかったよ。

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